BLOG

琴の弦 (ことのげん)

山中健生

その弟子は、裸足で歩く修業を始めれば、足が血だらけになるまで、その修行を続けました。
断食の修業をすれば、何日間も飲まず食わずでいました。
しかし、いくら熱心に、自分に厳しく修行に励んでも、どうしても悟りを得ることができませんでした。
 その弟子はイライラし、悟りを得られない自分自身に対して、強い怒りを感じました。その弟子はとうとう、「このままでは悟りを得られない」と、ブッダのもとを去ろうと決心しました。
弟子に、ブッダは、こう語りかけたのです。
「おまえは出家する前に、琴をひいた経験があるそうだな。その時のことを、よく思い出してごらんなさい。琴の弦が緩んでいては、いい音は出ない。しかし、強く張りすぎたら、同様にいい音が出ない。緩みもせず、強く張りすぎもせず、ちょうどいい具合に弦が張られている時に、いい音が出るものだ」
そしてブッダは、弟子にやさしく教え諭したのです。
「お前の修業の仕方は、琴の、強く張り詰めた弦と同じだ。あまりに気持ちを強くもち、意気込みすぎているから、かえって悟りが得られないのだ。気持ちに、少しゆとりを持ってみなさい。そうすれば悟りが得られるだろう」と。
弟子はブッダに教えられた通り、意気込みすぎた修業の仕方を改めて、心にゆとりを持つように心がけました。
そうすると、気持ちがおだやかになり、以前のようにカリカリと怒ることもなくなって、悟りを得ることができたのです。
おわり。
「怒らない生き方」より